第3.3節 Scrapboxを使ったゼミ運営の実際
「最も平均学習定着率の高い学習方法は、他人に教えることである」と言われるがその数値に実証的根拠は見当たらないとされる〈注26〉。学ぶ内容によって適切な学習方法は異なるはずだし、個々の学習者が前提として持つ能力や条件によって各種学習方法の効果も異なるだろう。
他方、新学習指導要領(平成29年3月31日公示)〈注27〉は「主体的・対話的で深い学び」〈注28〉を掲げる。「主体的な学び」、「対話的な学び」および「深い学び」を実現すべく、アクティブ・ラーニングの視点からの授業改善が要請される。それらの初等中等教育を経た生徒たちが入学してくる高等教育においても、同様にアクティブ・ラーニングの実践が求められる。
1年間、ゼミ等でScrapboxを活用した結果、「主体的・対話的で深い学び」が実践されていることが観察された。以前から学生主体のゼミ運営を続けているが、Scrapboxによってそれが加速した印象だ。以下、アクティブ・ラーニングを柱とする教育用システムとしてScrapboxを用いたゼミの運営手法をご紹介する。
4つのゼミ合計49名の学生が1年間に作成したScrapboxページは1,705ページ。そのうち、「shioゼミ」タグが178ページ、「ドラゼミ」タグが697ページ、「1年ゼミ」タグが114ページ、「LE1」タグが90ページにそれぞれ付与されている。タグ付けせずに使っている学生もいるので正確な数字ではないが、やはり圧倒的にドラゼミでのページ作成数が多い。なお参加している学生数は、shioゼミ24名、ドラゼミ12名、1年ゼミ6名、LE1は13名であり、一部の学生は複数のゼミに参加している。
ドラゼミの進行手順は以下の通りである。
1. ゼミの時間内に司法試験予備試験の過去問を1問、本番同様の答案用紙に万年筆による手書きで起案する。
2. 終了後、その場で手書きの答案用紙をiPhone等でスキャンし、Scrapboxに新たなページを作成して貼る。
3. 当日中にその論述をScrapboxの同じページにテキスト化する(タイピングでも音声入力でも可)。
4. 次週までに学生同士でScrapboxにコメントを書き込んで相互添削しつつ、各自、論述内容に検討を加える。
5. 次週のゼミでは上級生と下級生とが2〜3名のグループを作り、Scrapboxに書かれた下級生の論述内容を検討し議論とアドヴァイスを行う。適宜、担当教員に内容や論述につき質問し、再度検討したり、論述内容を改良していく。上級生は上級生同士で同様のことを行う。
6. Scrapboxの新たなページに書き直して、相互添削、対面による検討、議論、教員への質問等。
7. 6を数回繰り返して学生同士でOKが出たら担当教員に添削依頼。
8. 教員がScrapbox上で添削、コメント。
9. そのページをDuplicate(複製)して修正しつつコメントを消したうえ、相互添削、対面による検討、議論、教員への質問等。
10. 教員からOKが出たらその問題終了。
以上の手順を、2011年に始まった司法試験予備試験の「民法」の過去問のうち直近の2017年を除き、2011年〜2016年の6問について行った。なお、ドラゼミの学生の中には司法試験受験志望者とそれ以外の学生がおり、司法試験受験志望者たちは民法以外の科目についても同様のことを自主的に行っている。
一方、判例研究をする「shioゼミ」は、24名のメンバーを3つのグループに分けたうえで、下記の手順で進めた。
1. グループで相談しつつ、個々の学生が自分の研究対象となる最高裁判所の裁判例を選び、Scrapboxに宣言する。
2. 学生が個人で、地裁、高裁、最高裁の判決文の原文をScrapboxに貼り、その事実の概要をScrapboxに記述する。
3. グループごとのサブゼミで、判決文から2の内容を検討し、内容を精緻化する。
4. 本ゼミで事実の概要を書いたScrapboxの画面をスクリーンに提示しつつ口頭で事実の概要を報告し、他の学生は質問や議論をしつつ、その画面に直接コメントを書き込む。教員も良い点を評価し、疑問や改善案を提示する。その議論の推移を何人かの学生が共同で「○月○日の本ゼミ記録」としてScrapboxに記述していく。
5. その事実に基づき、学生個人がScrapboxに、法的三段論法に則って自己の見解として法律構成を論述する。
6. 5について、サブゼミでグループごとに3と同様の検討を行う。
7. 6について、本ゼミで4と同様の検討を行う。
8. 7までの見解に則って学生個人が、事実の概要、判旨、評釈(自己の法律構成および最高裁判所の判旨に対する評価)を論述する。
9. 8についてサブゼミでグループごとに3と同様の検討を行う。
10. 9について、本ゼミで4と同様の検討を行う。
11. 学生がScrapbox上に最終的な論述を仕上げ、学生全員でコメントした後、教員の添削を受けて修正を繰り返して完成。
以上である。
1年ゼミとLE1は1年生なので、基礎的な訓練や知見の獲得が目的だ。1年ゼミでは著作権法の判例を一つ選んで全員で検討した。そもそも判例を読むこと自体が初めてなので、判例の読み方から始まって、条文の読み方、資料の検索方法など、基礎トレーニングである。毎回の議論で出された疑問を次回までに全員で調査して、Scrapboxに書き、ゼミではそれを使って判決文と条文とを読み解いていくことの繰り返しであった。LE1は司法試験予備試験の過去問1問を初回に書き、半期すべてをかけてその検討を加え、最終的に再度論述した。
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